1月の活躍を振り返って
中野アナにとって7年目の正月は本当に散々なほど悲しいスタートになった。
ご存じの通り2008年のFNS番組感謝祭の進行役として、声を傷めながらもがんばる中野アナをはじめ、高島アナや中村仁美アナやフジテレビ女性アナの頑張りで年を越せたけど、中野アナにはその喉の後遺症が残ってしまった・・・。
その影響が合ってか、今年のめざましが始まった1月5日の月曜日から中野アナは、特番やカレンダー撮影の連続でアナウンサーの命とも言える声が出ていなかったのは「めざまし」の中野アナの美声で新年のスタートをと思っていた人は多数いただけに残念でならなかった。
だけど、当然本人が一番辛いのは言うまでもないと思う。其所の所はちゃんと理解しないといけないし、
どんなときでも見守ってあげるのがファンだと思うので喉の回復を願いつつ「無理をしないでほしい」でと心でエールを送っていました。
酷い輩は中野アナの辛さなど分からず、中野アナは1月4日の「もしも」は収録済みであるのを知っているにもかかわらずか、楽な方を選んで出演してとわざと平気で避難している連中もいて、本当に悲しくてならなかったし故意で中野アナのいめーじを下げる手段であるなら許せなかった。
その翌日の6日、中野アナは喉を痛めてか風邪のためか、番組を休むことになる。
欲7日には、中野アナは返ってきたがまだ、喉の調子が完全ではない為、もっとイマドキでは生野アナがフォローを入れての(中野アナ、高島アナ、生野アナ、皆藤さん)となり、本来の声はほど遠い元気のミナもとが中野アナ主体で進行されたが、まだ余り無理は出来ないのだろうなと正直悲しく思った。
8日には、生野アナにフォローを入れてもらっていたもっとイマドキでは中野アナが進行していましたし、少しは良くなっているのかなと思うとほっとしました。
9日にも徐々に回復していきつつも5日のオープニングで「1日1日を忘れずに」と中野アナ自身が書いていただけに、悔しいスタートになってしまったなと思うと
、悲しくてなりませんでした。
その翌週、なんとしても、中野アナに勇気を送りたいと思い、めざまし15周期年のいべんとである”元気のミナとも”の「プロデューサー」を勤める事になっただけに、
なんとしてもと思う気持ちで企画を考えていた矢先、心ない輩が何を企んでか、サイトの運営妨害を続けたため、それが収まるまでには凄い時間がかかったと同時に、皆様に迷惑をかけて申し訳なかったです。
今年の女性アナSPでは中野アナは肌年齢でまさかの結果になってしまった中野アナでしたが、内臓脂肪ではみごとな数値で第1位!!
でも、個人的にはやるからには全女性アナで順位を競って欲しかったです。その中で中野アナが優れた意味で1番!!でしたらファンとしても誇れることですし。
アナSPで最後に思い出した。中野アナのみならず、21世紀入社女性アナが一人一人入社式に豊富をのべたのですが、
中野美奈子アナ(2002年当時新人)が「私の田舎は香川県の丸亀という凄く小さな町ですが、其所の人にも私の顔がしってもらえるように、フジテレビの顔となれるように頑張りたいと思います。」と述べていましたが、中野アナの頑張りは丸亀の人をはじめ、香川に、香川から四国に、四国から全国にと伝わってきていますよ!!それだけに、是非とも元気のミナともをプロヂューサーとして成功させてほしいです!!
中野アナ応援企画も遅くなりましたが、決行しますので。皆様の参加を首を長くしてお待ちしております。
↓中野アナ応援企画↓
http://nakanominako.net/nakano/memo2.html
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